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人生にわくわくを

本日より会社のみんなとリレー形式で、情報発信をしていくことになりました。

正直、今の私のレベルで自分語りをするのは恥ずかしいのですが、
いい機会なので、なぜ私が起業をし、どのような遍歴を経てきたのか、そして何を目指しているのかを書いてみます。

上がりたい、自由になりたい高校時代

山梨県の片田舎で生まれ育ったため都会への憧れが強く、
また、両親が教員で厳しかったため少しでも自由になりたいと思い、
甲府の高校への進学を決意します。

ここで私の人生を変える経験があったのです。

はじめてのコンプレックス

高校は県内では進学校とされる私立学校だったため、
友達の多くが、医者や経営者の子供でした。
私の両親は小学校の先生で、不自由ない生活をさせてもらっていたのですが、
友達は、スポーツブランドの靴や洋服を持っていて、都会の遊びもにも慣れていて、
記憶に残っている限りで最初のコンプレックスを認識したのです。

どうにか、それを打破しようと
洋服やバイクを仕入れて売っていたのですが、
卒業する頃には月に数百万円売れるようになりました。
自分がなりたいと思っていた、自分になった。
この経験が私の起業の原点で大きな成功体験となります。

しかし、私がそれなりに稼げたことを、周りの大人達に話してみると、
みんな私へ接する態度が変わったのです。
それまでは、怒られてばかりの人達から「すごい、すごい」と言われたのです。
周りの大人達の態度の変わりように、とても覚めると同時に、
稼ぐという事はとても大きなパワーなんだと実感したのです。

自分以外の人、社会を良くしたいという思考がインストールされた大学時代

大学生の間には、起業をすると決めていたので
修行を兼ねて、設立したばかりの、社長1人のベンチャーでインターンをすることにしました。
ここでは、様々な経験をさせてもったのですが、
中でも一番大きかったことは、自分以外の人に貢献することがカッコいいという価値観です。
その会社で働く前までの、私の行動原理は自分がリッチになるか?それだけでした。
インターン先の社長はとてもコンセプチャルなビジョンを、社員が1人もいないのによく語っていたのを覚えています。
それがとてもカッコいい生き方だなぁと思い、社会に対してどんな機能を提供するのか?ということも考えないといけないなぁ少しずつ考えるようになりました。

1度目の起業

インターンもそこそこに、ウェブの受託制作で起業をしました。
収穫逓増モデルの事業を目指し事業会社から資金援助を受け求人メディアを構築したのですが、
途中で諦めてしまい、プロジェクトを頓挫させてしまいました。
会社設立から2年半の出来事です。
これは、とても悔しい出来事で、人生はじめての鬱?みたいな状態になりました。
鬱になるのは弱い人間だと考えていた私には、受け入れがたい出来事でした。
※ 今ではそんな事思いませんが。
その後、大学に通う様になり5年生として1年生と同じ授業をうけていました。

2度目の起業

大学卒業のタイミングで、2度目の起業をしました。
それが、今の会社になります。
前回、途中で逃げてしまったので、今回は3年間はうまくいかなくても、
「諦めない、絶対に諦めない」という決意でスタートしました。

受託事業がそれなりに軌道に乗り、次の事業展開を考えている時
に水商売で働いている友人から、給与が支払われないと相談を受けました。
この業界では、よくあることだと知りました。
大切な友人がカモられている事にとても怒りが湧いてきました。
また、これは社会にとって放置されている問題で、自分が解決すべき問題なのでは?
と考えるようになりました。
それが今のPOSレジの事業に繋がります。
この事業をスタートするときにも、3年間は絶対に諦めないと決意しスタートしました。
今では、受託事業を超える事業に成長しました。

事業で目指していること

この事業を通じて、いろいろのな気づきがありました。
– 若くて夢のある人達が水商売の業界にもたくさんいること
– 正しさでは、人は動かず、快楽、享楽によって多くの人が動員されること

楽しさにより人々を動員し、
一人ひとりが、自分の人生にわくわく感を持って生きる
これにより、社会が世界が、よりよくなることを目指していきます。